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2014.06.20 (Fri)

出来れば傷つかずに生きたい人に「今日もひとり、ディズニーランドで」


今日もひとり、ディズニーランドで今日もひとり、ディズニーランドで
(2014/04/06)
ワクサカソウヘイ

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人は傷つきたくない生き物である。
いや、一般化するのはやめよう。
私は傷つきたくない人間である。

小さい頃から誰かに傷つけられるのが人一倍嫌いであった。
よく言えば繊細。悪く言えば臆病。もっと悪く言えばチキン。

むきだしのエゴが渦巻く子供社会の理不尽さに馴染めず、大人とばかり話す子供。
好きな子がいて、相手からも見え見えのサインが来ているのに告れない中学生男子。
同じ会社の人とエレベータの中で二人きりにならぬよう階段で帰るサラリーマン。
エゴサーチをして自分の悪口を言っている人に反論する勇気もなく、心の中で呪詛を投げるモノ書き。

どれも、みんな私だ。

いや、人の自虐ネタなど誰も読みたくないのは知っている。
しかし、この文章は自虐テキストではない。書評なのである。

ワクサカソウヘイ著「今日も一人、ディズニーランドで」を読んだ。
コント作家やコラム作者として既に有名な著者の初の書き下ろし小説は、著者自身の実体験に基づく。
引きこもりの主人公が、ほんのささいなきっかけと、親の目線から逃れたい気持ちから、かの王国の年間パスポートを購入し、ひとりで通うようになる話である。

過剰なほどの芸能喩えと、電車内で読んでいて吹き出さざるを得ないあるあるエピソードの数々から、一見、お笑い小説的なものと勘違いしそうになるが、あにはからんや、これは珠玉の青春小説である。

青春小説といえば、若者が、特有の無鉄砲さと不器用さで事件に立ち向かって行くのが常である。もちろん、障子にチンチン突き立てるみたいな青春小説ばかりではなく、主人公が深く苦悩する青春小説もあるが、基本、事件なり悩みなりに向き合う過程を描くものである。

しかし、本作の主人公は、そういった約束を無視するかのように、徹頭徹尾、全てに向き合わない人間である。

人は社会に出れば傷つけられるものだ。
しかし、傷つきたくない主人公は社会から逃げ、引きこもる。
そして、傷つきたくないから親から逃げる。
傷つきたくないから友達をつくらない。
傷つきたくないから友達がいるふりをする。
傷つきたくないから偶然に会った昔の同級生にうそをつく。
そんな小説である。

私はニート経験は無いし、ディズニーランドのシングルライダー経験もない。
就職しているし、結婚もしているし、親との仲もそこそこ良好である。

しかし、この後ろ向きな主人公の行動一つ一つに、自分の芯にある弱い部分をちくちくと刺激され、共感したくないのに共感させられてしまう。

ちょっとした一言を言うだけなのに、いろいろと考え過ぎて、変な言葉を口走る主人公。
嘘を隠すために、安易な嘘で取り繕い、論破される主人公。
上を見ること無く、下を見て蔑むことで、自分を安心させる主人公。
主人公が心の中で感じる、ささいな葛藤、ささいな優越感、ささいな勇気。
どれもこれもが、自分が社会生活で隠している部分を白日に曝されているようで、嫌悪感を通り越し、笑ってしまう。

そんな傷つきたくない主人公が、逃避して逃避して、最後に辿り着く前向きさは、驚くほどにささやかだけれども、そのささやかさが、リアルで泣ける。それまで笑いをこらえながら読んでいた小説に泣かされるとは不覚、と思うことうけあいである。

本作は、うじうじした主人公のうじうじした小説という意味で「デカダンスのない太宰文学」と喩えたら、言いすぎだろうか。

惜しむらくはこの良作が、かの王国を舞台としているがゆえに、ほぼ100%映像化が無理なことである。

王様のブランチが、ディズニーコーナーに割いている大量の時間のほんの1割くらいでも何とかこちらに融通できないものだろうか。
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