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2011.11.19 (Sat)

次は「ふぁんしー」について書くつもり

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八重歯ガールの本がもうすぐ出来あがるので、そろそろ次の仕込みも始めないとなあと思案中。
(年始にシナリオ1本書くとか言ってたがまるで書いてない)

いくつかやりたいネタがある中のひとつが、ふぁんしー。
「ファンシー」でも「FANCY」でもなく「ふぁんしー」。

ふぁんしーは、カワイイとか萌えとかいう世界とは別で、日本人が本能的に持っていて、ふとした拍子につい表に出してしまうファンシーな世界のこと。

実家に帰ったら老夫婦で住んでるはずなのにバスタオルの柄がでかいキティちゃんとか。コンビニの中年男性オーナーが間に合わせで書いたお客様へのお知らせPOPが丸文字でイラスト付きとか、単身赴任の父を訪ねて行ったらスリッパが動物のかたちとか。そういう根っこの部分について書きたい。

例えば、田舎っていうのはふぁんしーを表に出すことに躊躇が無くて、寧ろ心の中のふぁんしーを閉じ込めている人間が浮く世界だ。
田舎はむき出しのふぁんしーが跋扈し、ふぁんしーをオブラートに包んだ場所は殆ど無い。ふぁんしーを嫌悪する思春期の少年少女には逃げる以外の道はない。

自分の生まれ育った田舎がいやでいやで、東京に出て美容師になったりデザイン学校に通ったりしている子がいたとする。そんな子が、結婚とか考えたとき「彼氏を実家によぶ」っていうのは、それこそ裸を見せるなんていうことより何倍も恥ずかしいなんて葛藤もあるだろう。

そういう話を書きたい。

あとは、経済とふぁんしーの関係。もちろんサンリオの戦略みたいなものも書きたいけど(ちなみにサンリオの本社はピューロランドみたいな建物を想像するかもしれないが、ヴィドフランスとかが普通にある大崎の古いビル)、それよりもお金がないと選択肢がふぁんしーしかなくなるということを書きたい。

例えば老人ホーム。

高級な老人ホームになればなるほどふぁんしーは消える。それはもう露骨に。
田舎の小さい老人ホームは、やたらとふぁんしー成分が多めになる。事情の知らない外国人に保育園と老人ホームの建物を見せたら、区別がつかないような。

つまり、スタイリッシュな空間でスタイリッシュに死を迎えるにはお金が必要で、お金のない人はふぁんしーしか選択肢がなくなるわけだ。

でもふぁんしーってそんなに否定しなくてはいけないものなんだろうか。
かく言う私の実家も、木で自作した庭の柵があったり、植木鉢の形が靴の形だったり、40年前に買ったキタキツネのキャラクターグッズがタンスの上に飾ってあったりする。
自分の中にもふぁんしーの血は確実に流れていて、それは後ろめたさであるとともに、いっそそちらに身をゆだねた方が楽じゃね、という感覚に襲われることも時折ある。

ふぁんしーは日本人の誰しもに巣食っている常在菌みたいなもので、油断していると出てきてしまうものだと思う。例えばこれまでふぁんしーを嫌悪していた女性が、妊娠中にはホルモンの関係でふぁんしーが許せるようになったり(逆もあるかもしれないけど)、これまでイタリアのスーツを着こなしていた広告会社のサラリーマンが、脱サラして農業を始めた途端にふぁんしーな半纏とか着るようになったり(ふぁんしーと第一次産業も深いテーマだ)。

ではなぜ、そしていつからふぁんしーは日本人に巣食うようになったんだろう。

そういうのを明らかにしていくのはとても面白いのではないかと思っている。
まあ、そこかしこで「「まいばすけっと」ってなんで平仮名よ」みたいな話もするけど。

もうちょっと、ちゃんとした文章で書きためたら、どこかに持ち込もうかと思うので、関係者の皆さまよろしく。
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